【レビュー】谷津矢車『信長様はもういない』に気づかされる【歴史小説】

アイキャッチ(信長様はもういない)

谷津矢車先生の『信長様はもういない』を拝読しましたので、感想をばしたためさせていただきます。

こんな人にオススメです
  • 読みやすい文体の時代小説を探している
  • 山崎の戦い~小牧長久手の戦いあたりのお話が読みたい
  • 池田恒興が好き
  • 自分の考え方を見つめなおしたい
目次

おもな登場武将

池田恒興(勝)主人公。織田信長とは乳兄弟。生前の信長から「帳面(秘伝書)」を賜る
織田信長故人。亡くなったあとも、あらゆる人にあらゆる形で影響を残す
池田之助恒興の嫡男で、池田家当主。流されやすく、決断力が弱い。
荒尾三左衛門恒興の子で、之助の6つ下の弟。いつも呆けた顔をしているが、実は……?
森長可恒興の女婿。鬼武蔵の名で知られる乱暴者だが、己を客観的にみる視点ももつ
羽長秀吉信長の孫・三法師を擁し、織田家の実権を握ったことから、人が変わってしまう
丹羽長秀織田家の重臣だったが、秀吉に出し抜かれ、中枢から追いやられる
柴田勝家織田の筆頭家老だったが、秀吉に出し抜かれ、賤ヶ岳の戦いの後、北ノ庄城で自刃する
蜂須賀小六秀吉の下で働く軍師。織田の家臣としての心と、秀吉との間で苦悩する

あらすじ

姉川の戦いで功を立てた池田恒興は、主君・織田信長から親しげな口調で労われた。
流れで問われた「次はどうしたらよいと思うか」という信長の言葉。
それに「殿の命ずるままに」と答えた瞬間、先ほどまでの親しげな空気は消え失せ、不興を買ってしまったのだと恒興は気づく。
必至で謝罪する恒興に、信長は一冊の帳面を投げ渡した。
「これを読んで、理解しろ」と命じる信長に、恒興は帳面を掲げ持って平伏したが、結局その意を解する前に、信長は本能寺で明智によって討たれてしまった。
信長亡きあと、次々と起こる問題に翻弄される池田家。
判断に窮するたび、恒興は例の帳面を”秘伝書”と呼び、適当にめくったページに書かれた言葉に従って行動を決していた。
”秘伝書”に従った恒興の行動は、織田家や池田家にいかなる運命をもたらすのか。
そして、信長が恒興に”秘伝書”を渡した真意とは?

感想

私がこちらの作品を購入したのは、純粋にタイトルが気になったからです。
『信長様はもういない』
もういないとのことなので、本能寺の変のあとの話だろうことは推測できました。
そのうえで、信長の死が家臣たちにどのような影響を与えたのか、また、信長の死自体、あるいは生前の信長との記憶が家臣たちの間でどう思われているのか、そういった描写が見られるのではないかと思い、購入しました。
織田信長と家臣との関係性が描かれた時代小説が好きなので……。
実際に読んでみた結果から申しますと「買ってよかった!」です。
以下では、そう思った理由を紹介いたします。

随所に見える信長の影と依存

本能寺の変のあとの話のため、織田信長はすでに死去しています。
それでも作品タイトルに名前が入るくらいですから、随所で存在感を発揮してくるわけです。
特に主人公の池田恒興は顕著です。
判断に迷うと信長から賜った帳面(恒興曰はく秘伝書)に頼って行動を決めたりします。
そもそも秘伝書の表現にしたって、もはやマジックアイテムのようなさまです。

ただの薄汚れた帳面のはずなのに、恒興にはそれが禍々しい気を放っているようにしか見えなかった。

谷津矢車『信長様はもういない』

恒興は秘伝書に頼るとき、毎度両手で挟みこんで「どうかお知恵をお貸しください」と亡き信長に願掛けしてから、適当にページをめくります。
そうして出てきたページに書いてあることを、行動の指針とするわけで、ほとんど信長を神に見立てた卜占と言っていいかもしれません。
ほかにも、心のなかの信長に問いかけてみたりと、ともすると乙女チックにも見える行動を繰り返します。
しかし、恒興自身が女々しい人物かといえばそうでもなく、むしろ武人として功を立てることばかりしか知らないような人です。
どちらかというと喧嘩っぱやく、うっかり威圧的な態度をとっては、利がないことに気づいて「やっちまった!」と後悔するタイプ。
そのような性格でありながら、縋るようにもういない信長に問いかけたりするのですから、恒興にとって信長がいかに大きく頼りがいのある存在であったかが察せられます。

また、恒興以外にも、信長に並みならぬ思いを抱いている武将たちがいます。
恒興の女婿である森長可もその一人です。
森長可といえば、戦国DQN四天王の一角にも数えられたりするヤバくてコワーい武将という印象が強そうですが『信長様はもういない』の長可はそうでもない。
「ヤバイなこの人」と思うシーンがまったくないわけではありません。
ありませんが、客観的に自身を見ることができる人として描かれているように思うのです。
その一つが、信長からの評価に対する認識で、長可は「父の功績があるから重用されていた」と考えています。
本能寺で信長とともに散り、忠義の士となった弟を羨ましく思い、生きている意味を見出すために戦に挑む。
そんな自分が将に向いていないことを自覚し、大きな決断は「俺は舅殿に従う」と舅の恒興に託します。

ほかにも、羽柴秀吉・丹羽長秀・柴田勝家などの重臣たちが信長の影を追いかけたり囚われたりして、判断を誤ったり時を失したりする描写が見られます。
主君であった信長の死が家臣に対して大きな影響を与えるのは必然的なことですが、清州会議のシーンを見ると、それぞれが抱く信長の印象が違って見えて面白いです。
清州会議のシーンで各重臣が誰を後継に推すか。
よく見る人選と違っているので、そこもまた面白いところだと思います。
なぜその人物を推したのか。
作中で語られる理由から、それぞれの家臣と信長との関係性が見えてきます。

登場人物の癖

この物語に登場する数人に、共通する癖があります。
レビュータイトルをこの作品に気づかされるとしたのは、私自身にもその癖があったからです。
癖の正体を明かすことは、物語の都合上できませんが、現代の人にもよくある癖だと思います……私だけじゃないよね?

信長はその癖を悪癖だと考えていたようで、恒興に求めたのも悪癖の改善です。
小牧長久手の戦いのなかで、恒興はついに答えにたどり着きます。
たどり着いた先で恒興がとった行動、それが池田家や織田家にとって正しかったのかはわかりません。
ただ、私はそこから先のシーンに爽やかで晴れやかな印象を受けました。
恒興や、恒興の選択に影響を受けた周囲の人にとっては、正しい行動だったのではないかと思います。

まとめ

歴史小説って基本的には原作沿い(史実ベース)ですよね。
誰がいつ何をするか、おおよそ決まっている。
その中で、史料には書かれていない「なぜその事象がおこったのか」の埋め方で違いをどうだすかが魅力。
『信長様はもういない』は、その埋め方が秀逸です。
いちいち部屋に引っ込んで秘伝書ペラペラする恒興とか、ちょっとコメディっぽい。
そのコメディっぽいところからくる決断で、歴史の大局が決まっちゃったりするのが面白いんですよね。

あと信長様がカッコイイ!
故人なので出番自体は多くないのですが、回想に出てくる信長が素敵すぎて、好きな織田信長公がまた1人増えました。
個人的に、その回想シーンだけでも購入した甲斐があったと思っています。元がとれている。

そのうえ、自分の癖を反省する機会もいただいたので、お値段以上です。
自分の行いの責任は、自分でとる。
そのために、前もってしなくてはいけないこと。それを教えてくれる小説でもありました。ありがとうございます。

物語を楽しんだうえ、他責思考の反省もできる!最高かな!(涙)

紹介した書籍の情報

『信長様はもういない』
  • 著者:谷津矢車
  • 発行日:2020年1月9日
  • 発行:光文社
アイキャッチ(信長様はもういない)

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