このたび蓑輪諒先生著の時代小説『うつろ屋軍師』を拝読したので、ご紹介します。
- 読みやすい文体の時代小説を探している
- 北陸方面の関ケ原の戦い(前哨戦)が読みたい!
- 丹羽家や丹羽家家臣を題材にした小説を探している
- 丹羽家が好き、または好きになりたい
おもな登場武将
江口正吉(三右) | 主人公。非現実的な空論ばかり思いつくため「うつろ屋」と呼ばれる | ||
丹羽長秀 | 正吉の主君で、織田信長の家臣。武士の生き様を大切にする良き主人。 | ||
丹羽長重 | 丹羽長秀の子で、正吉の主君。苦境のなかでも父・長秀の志を継ぐ。城好き。 | ||
坂井直政(与右) | 正吉の同僚。武に重きを置く武将で、正吉の空論に呆れながらも信頼を寄せる。 | ||
豊臣秀吉 | 織田信長の死後、天下人となる。立場と人心の間で丹羽家の扱いに苦悩する。 | ||
大谷吉継(紀之介) | 豊臣家臣の吏僚。人心の機微に敏感で、政略に長けるが、誠実さも併せ持つ。 | ||
徳山則秀(秀現) | 元は柴田家の家臣。権謀術策に長け、家中を混乱に陥れてでも勝ち馬に乗る。 | ||
結城康秀 | 結城家(通称:越前家)当主で、正吉の主君。天下一の軍団の創設を目指す。 |
あらすじ
江口三郎右衛門正吉(通称:三右)は、実現しがたい戦術ばかり考えるために「うつろ屋」と呼ばれている。
「武士と畜生の違いとは何か?」
その一つの答えを丹羽長秀の生き様に見た正吉は、長秀に忠誠を尽くすことを誓った。
長秀の死後、子の長重が家督を引き継ぐも、減封に次ぐ減封で石高は123万石からわずか4万石にまで減少。
有力な家臣たちが次々と丹羽家を去るなか、正吉は長重との対話の末に、彼を支え続けると決意する。
数々の政略や戦に身を投じ、丹羽家を守るため空論を現実に成しえる力を手にしていく正吉。
かつて「うつろ屋」と呼ばれた男は、厳しい時代の中で主家・丹羽家を、武士の理想を守り切れるのか――
感想
読み終わった直後の感想は「うわー!面白かった!丹羽家マジ好き!」なのですが、それではレビューとしてあまりにナメきっているので、読んでいて特に面白いと思った部分を3点ほどご紹介いたします。
強けりゃいいってモンじゃない!理想の武士像
「武士と畜生とを分かつものは――生き様の爽やかさ」
この物語は始まりから終わりまで、武士の理想を貫くことを徹底して求めています。
織田信長健在時の雑賀衆との戦いから始まり、次の豊臣の時代が終わるまで、主人公・江口正吉と主家・丹羽家は数々の苦境に身を置くことになります。
長秀の死、理不尽な減封・改易、重臣たちの出奔――丹羽家崩壊の危機となれば、当然キレイごとばかり言ってはいられません。
それでも真の武士と信じる丹羽長秀を標に、正吉と主人の長重は、天下一の軍団「丹羽家」を作ろうと邁進するのです。
この主従の姿が、私の思う理想の武士ともマッチしていて、大変涙腺にキました。
策謀にまみれた世の中で、理想のままに生きることの難しさたるやいかばかりか。
どれほどコケにされようと、苦汁をなめようと、諦めることなく耐え続ける丹羽家の強さに惚れずにはおれません。
具体的に書くとネタバレになってしまうので、ふんわりと書きますが、丹羽家に対するあまりの仕打ちに耐えかねた正吉が長重に「このままで良いのか」と強めに問いかけるシーンがあります。
そこで初めて当主となった長重の人間性が垣間見えまして、私の涙腺は無事決壊いたしました。
当主になる前の長重を描いたシーンを思い出しながら読むと、胸にクるものがあるのです。
読んでみください。私はなぜか長重の祖母ポジションに身を置いて泣いていました。
歴史の不明瞭さを有効活用
歴史は古文書や史料をもとに推測されたもので、絶対的なことはわかりません。
また、参考とする史料の中にも謎は多く含まれています。
例えば「記録のなかに他では全然見ない人の名前があるけど、これ誰?」「結果は記されてるけど途中記録が抜けすぎていて流れがわからん」などなど。
『うつろ屋軍師』では、その不明瞭な部分が上手いこと展開に組み込まれています。
新しい歴史の解釈というより、多分おそらく違うけど、本当にそうだったら面白い!と思わせてくれる類のものです。
歴史のIFストーリーとかがお好きなかたには刺さると思います。
私にはバッチリぶっ刺さりました。
結局全員何かしらの魅力がある武将たち
主人公サイドの登場人物が魅力的なのは前提としておいておきまして。
そのうえで戦関係の話となると、必ず出てくるものが敵対組織。
こちらの作品にも多くの敵将やら政敵やらが登場しますが、どうにも嫌いになれません。
読み進めるうちにどんどん丹羽家推しになるので、丹羽家を追い詰める敵を嫌いになっても良さそうなもの……なのに、嫌いになれない。
全員何かしらの理念や葛藤を抱えていることが丁寧に描写されているので「いやあ、そんなこと知っちゃったら嫌いにはなれないじゃん」となるのです。
本当は全員こと細かーに「ここが好き!」とお伝えしたいのですが、長いうえにネタバレしかねないので、3人に絞ります。
丹羽長秀
戦国武将としての厳しさを持ちつつも、人として高潔さと誠実さと優しさとをも合わせ持つ人間力レベル999(カンスト)の化け物です。
一瞬で矛盾しましたが、こんな善人がいてたまるかと思うくらい素晴らしい人物として描かれています。
主人公の正吉が惚れ込むのも当然といえましょう。
もともと丹羽長秀が好きで『うつろ屋軍師』も、江口正吉が主人公なら絶対出ると踏んで読み始めましたが、まさかよりいっそう好きになってしまうとは。
詳細は明かせませんが、最後の最期まで周囲の人とその武士の在りようを慈しみ続けたお人でした。
丹羽長重
初登場時は14歳の丹羽長重。
大変失礼ながら「良い子そうだけど、ちょっと頼りないかなー」という印象でした。
あとはお城が大好きな少年で、大坂城と聞いて無邪気にはしゃぐのが年相応でカワイイなくらい。
しかし、家督をついでからの長重は少し様子が変わります。
年を重ねて背負うものもできたのだから当然といえばそれまでですが、しばらくは主人公の目線でも読者の視点でも内面が見えてこず、多少不気味な印象も受ける様子でした。
そんな長重の内面があらわになるのが、上述した正吉との言い合いのシーンです。
もうオタク特有の早口で「ここがこうでこうだったらこういうわけだったの!ホント泣けるよ~」って、1から100までご説明したいところなのですが、ネタバレになるので控えます。
作中の長重は、おっとりとした微笑みの裏で、家のため臣下のため生き様のために理不尽耐え続けた、大器量の人です。
長重の選択が、はたして戦国武将として正しいものだったのかはわかりませんが、こんなに気持ちの良い方はそういないでしょう。
時折でてくる若さや人間味もまた良くて、気が付けば父・長秀のみならず長重ファンにもされてしまっていました。
戦国時代に男として生まれていたら、丹羽家に仕えたいです。たとえ没落するとわかっていても。そのくらい素敵な父子でした。
結城秀康
悲運の将として知られる徳川家康の息子・結城秀康。
『うつろ軍師』における彼の出番はそう多くありません。むしろ少ないです。
それでも強烈に印象に残ったので、紹介させてください。
彼は丹羽家滅亡後に正吉が仕えた人ですが、なんと丹羽家と同じような理想を持っています。
結城秀康というと、己の不遇を嘆いて怒りや悲しみにくれている人として描かれることが多い印象ですが、こちらの作品ではまったく違います。カラッとした印象の、おもしれー男です。
「こんな結城秀康、初めて……!」そんな感じです。
結城(越前)家を天下一の軍団にすることを目標にした彼の生き様をもっと見たかった。
登場シーンの少なさを恨めしく思うほどにいいキャラしています。
「悲壮感がない結城秀康を見たい!」という方、おすすめですよ。
最初にあれだけ「敵を嫌いになれない」と話しておきながら、ピックアップしたのは全員主人公の主君でした。
今回あげた3人を特に好きになるのは、当然といえば当然かもしれません。
読者にもっとも近しい主人公が忠を尽くすと決めた相手なのだから、魅力的に感じる、感じられるように描かれるはずです。
私はまんまと術中にはまったとも言えなくないのかも。
でも本当に素敵な人たちなので読んでほしい!
まとめ
蓑輪諒先生の『うつろ屋軍師』を紹介してまいりました。
全体を通して、登場人物が非常に魅力的だった印象です。
文体もフレッシュでわかりやすく、時代小説を読みなれていない方にもとっつきやすい作品だと思います。
戦闘シーンは比較的ライトめというか、少年漫画っぽさを感じますが、それも読みやすさに繋がっていそう。
丹羽家がお好きな方はもちろん、時代小説読みたいけど難しそう……と二の足を踏んでいる方にもオススメの作品です!
紹介した書籍の情報
- 2014年7月発行
- 出版社:学研プラス
- 第19回歴史群像対象入賞
- デビュー作